ちほたそやりさたそ等のわつぃのオリキャラが登場する歴史的”絵葉書”がコラージュされ壁紙になった、100世紀後に評価される傑作!!「【壁紙】俺たちの絵葉書」

【壁紙】俺たちの絵葉書

キャプション

今までの絵葉書をコラージュして1920×1200の壁紙にして、pixivの背景にした。

それはそうと「髭林ダイナマイトファクトリー」という、エロ絵と文章を投稿するサイトを作ったのでよろすく~!
別名、ヒゲバヤシドットコムである。

投稿している絵の内容はpixiv、ニジエ、Twitterと同じですが、書き下ろしの文章が添えてあります。
今はまぁくだらん文章だがそのうち”えっちっち”な文章も書いていくと思うのでよろしく。
髭林ダイナマイトファクトリー
https://higebayashi.com/

エロ絵とは全く関係ないが、人生や人間関係や商品レビューなどを書いているブログは1,000記事を超えたのでよろすく~!
髭林ダイナマイトスタジオ
https://onamomi22.com/

絵葉書コラージュ壁紙糞坊主!!!!!!

この絵は、俺が今年4月くらいから描き始めた「絵葉書」というスタイルの絵を、CollageItというシェアウェアソフトでコラージュし、壁紙にしたものである。
俺の使っているモニターはEIZOのFlexScan EV2455という24.1インチのものなので、この壁紙はそれに合うように1920×1200。
まぁこれを壁紙にする人はいないと思うし俺もしないが。

pixivの背景にするために作り、どうせならと思い投稿した。

絵葉書とは

まぁそれはいいのだが、肝心なのは「絵葉書」について。
俺が言う「絵葉書」とは、荒れまくりの線で汚く描かれた萌えキャラの周りに、バズワード(内輪ネタ)などの文字が詩のように書かれ、画面はじに「探求。」という文字と「アルティー」の「芋はんこ」が捺されたものをいう。
最初はそのスタイルを「詩画」と呼んでいたのだが、配信で知り合いが「なんか絵葉書みたいですね」と言ってくれたので、それだと思って絵葉書と呼ぶことにした。

こういった、よくある絵葉書に似ている。

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-5d-08/mamipeperu714/folder/1476614/40/67381440/img_6?1507082603

http://blog-imgs-53.fc2.com/p/a/n/panisangelicus1995/000uap226.jpg

絵葉書というパラダイムシフト。萌系の絵に対する抑圧が解消されたきっかけ。

その絵葉書というスタイルの絵は、とにかく絵が下手だし、文章も内輪ネタを知らない人間には意味がわからないだろうし、アルティーの顔も気持ちが悪い。
当然ツイッターに投稿してもぜんぜんいいねは付かず、pixivに投稿してもいいねはほとんどつかない。

他に描いたエロ絵の10分の1くらいのいいね数である。

まぁ俺が「世の中への憎しみ」とかを発散するために萌えキャラを悪用して描いている絵なので当然だとは思う。
まぁ、絵葉書の良さを理解できるのは選ばれた人間だけ、絵葉書は100世紀後に世界中の人間に評価される。
というのは冗談だが、とりあえず絵葉書はとにかく俺自身が描いてて楽しいし、なにより「萌系の絵に対する抑圧」を解消する大きなきっかけになった。

美への恐怖心

俺は萌系初期の頃に描いていた、閲覧者に迎合したありきたりな、高評価狙いの抜き目的の絵を描くことがけっこう苦痛だった。
そもそも、もとは「キチガイ絵」という「醜い絵」を描いてた俺が、「萌系の絵」という「うつくしい絵」を描くというのはかなり勇気がいった。

美しいものを表現するのは、醜いものを表現するより遥かに難しいと俺は考えているからだ。
例えば綺麗な顔を作るには美容整形など高度な技術がいるが、醜い顔を作るには殴ればいいだけだ。

そういう意味で俺にとって萌系の絵を描くのはすごく難しいもので、そのせいで最初はデザインドールのトレスをしたり、無駄に差分を作りまくったりして、手っ取り早く高評価を得ようとしていた。
そのせいで、自分の本当に描きたい絵が描けていなかったと思う。

自分の描きたいものを描くことより「うまく描かなきゃ」という恐怖心のほうが強かった。

デッサンなんか崩壊してていい、顔もブサイクでいい、違和感だらけでいい。

そんなことを数年続け、徐々に線が荒れ始め、絵チャで試行錯誤し、達磨だったりマウスニップルだったりマウスペニスだったりの奇妙な独自の発想の絵を描き始め、少しずつ自分の描きたいものを描けるように転嫁していった。
それでも、うまく描かなきゃ、という「絵面」への「強迫観念」はあったのだが、それを絵葉書が解消してくれた。

絵葉書の定義はまず、文字があるということ。
その文字は「探求。」やらの内輪ネタなのだが、それでも、文字が絵の中にあるだけで「意味」が生まれてくる。
言語による意味があれば、俺にとっては「価値」があるものだということに気づき、それだったらば絵本体なんかデッサン狂ってていいじゃん、ブサイクでいいじゃんと吹っ切れた。

絵葉書が生まれた当初酒浸りで、すべてが適当になっていたし、そういう心理状態も影響した。

それで一番最初に生まれた絵葉書がこれ。

人生行き止まり感に怒り苦しむちほちゃん・・・「嫌いなものが多すぎる 人生がつまらない 気が狂いそうだ。」
「嫌いなものが多すぎる 人生がつまらない 気が狂いそうだ。」 絵葉書の走り 5分くらいで描いためっちゃ荒っぽい絵。 線が荒…

「探求。」とか「アルティー芋はんこ」はまだ描かれていないが、立派な絵葉書だ。
線は荒れまくりデッサンも細部もめちゃくちゃだが、文字があるおかげで意味が通じる。
ああこれでいいんだ、お絵描きだからって、「非言語だけで勝負」しなくていいんだと思えた。

まぁ初期の差分絵も長々としたエロ「セリフ」はあったが、言語と言ってもそれとは違う。
最終的にはエロを描くが、それより先に、自分の最も書きたかった「内輪ネタ」を書くのが先だった。
順番を間違えていたのだ。

「非言語」ではなく「言語」から発想する。左脳派なので。

絵葉書を描くようになってから俺は、絵を描く時、「文字から絵を描く」ようになった。

俺は音楽も作っていたが、曲作りには「詞先行」「曲先行」というのがある。
文字通り前者は作詞を先に行い、それにメロディーや伴奏をつける。
後者は、楽器を弾いたりスキャットしながら伴奏とメロディーを先に作り、その音に載るように歌詞をつけていく。

俺は曲作りにおいては後者だったし、フォーク等のジャンル以外はだいたいプロのミュージシャンも後者が多いようだ。
「曲先行」というのは「非言語」から作っていくと言い換えられると思う。

しかし俺は絵においてはそれは向いていないようだった。
頭の中に非言語のイメージを思い浮かべてラフにするより、その絵のシチュエーションを言語化して羅列した方が、発想が出てきやすい。

これは、左脳優位といえるかもしれない。
オカルトだという説もあるが、左脳は言語や論理を司り、右脳は非言語や直感を司るという。
そういう意味では俺は、発想という過程においては圧倒的に左脳に偏っているといえる。
いつまで経っても絵が劇的にうまくならないのは、非言語を司る右脳が弱いせいかもしれない。

でもいざ描くものが決まって絵を描き出す時は、思いのままに殴りがいて、細部や整合性を気にせず完成させるので、その過程では右脳派かもしれない。

左脳派でも絵は描ける。

この右脳派左脳派は先天性のものなのか後天性のものなのかわからないが、俺は先天性だとおもう。
俺は基本的には左脳派だから、とわかっていれば、「言語で発想するほうが向いている」ということに早く気づけたかもしれない。
俺は本当に非言語で発想するのは向いていないと最近痛感しているし、早く言語で発送しときゃよかった。

ちなみにこうやってファクトリーというブログを立ち上げ、描いた絵のシチュを言語化して記事タイトルにし、それについて文章を書きまくるのが楽しいのも、まさに俺が左脳派だからだと思う。

「芸術家は右脳派だ」
というイメージがあるが、左脳派でも工夫すれば楽しく創作活動等やっていけると思う。
絵葉書やファクトリーを通じてそれを確信した。

文字があるんだ。アルティーもいるんだ。探求。もここにある。愛はどこへもいかない。それが絵葉書。

見出し名は玉○浩二さんの名曲から。

絵葉書の話に戻るが、絵にバズワード(内輪ネタ)という「詩」を添え(順番的には詩に絵を添える感じだが)、「探求。」とサインし、「アルティー芋はんこ」を押すのが絵葉書だ。
「探求。」の元ネタも、「絵葉書みたいですね」と言ってくれた知り合いだ。

相田みつをが詩の後に「みつを」と書くような感じで、俺も「探求。」と描くようになった。
さらに自分の名前を掘ったはんこを押してあることも多いので俺も「アルティー芋はんこ」を添えるようにした。

ほとんどいいねされないと描いたが、本当にこの絵葉書という形式は描いている俺が楽しいのでそれでいい。
それに、エロにしか価値がないと思っていた俺が、絵葉書なら全年齢の絵を自信を持って描ける。

たまに気に入ってくれる人もいるようなので、これからも気が向いたら描いていく。

さいごに

眠くて体調悪い状態で書いたので記事内容はちょっと微妙になりましたが、まぁそんな感じです。
いいけど、やっぱりこういうことを書く時は、エロについて語る時とちがって、スタジオと同じように文章が固くなるな。

まぁこんな絵葉書に関することなんか誰も興味ないだろうが、俺としては大きなきっかけだったので、思考整理するためにも描いた。
絵葉書があったからこそ、自分のやりたかったことをちゃんと出来、やっと本腰を入れて楽しくエロ絵も描けるようになってきたのである。

もう以前のようにデッサンの崩壊や顔が「ブス」になることを恐れたりする必要もないんである。
いずれうまく描きたくなった時も、まず「下手に描いていいんだと思える過程」を経ることが重要だったんである。

「うまく描くこと」も「下手に描くこと」も「どちらもできる」ようになってはじめて「どちらかを選択できる」のである。
かっこつけすぎた。

とにかく、髭林おなもみとその絵葉書を愛してくれてありがとう。私はもう大丈夫です。本当にありがとうございました。さあえっちっちなお絵描きが始まるぜ! みんな期待していてくれ!

まぁそんな感じでした。

追記:ニジエに投稿するの忘れてたので今更ですが投稿しました。

投稿サイト

【壁紙】俺たちの絵葉書 by 髭林おなもみ@春画投稿垢 on pixiv

今までの絵葉書をコラージュして1920x1200の壁紙にして、pixivの背景にした。 それはそうと「髭林ダイナマイトファクトリー」という、エロ絵と文章を投稿するサイトを作ったのでよろすく~! 別名、ヒゲバヤ...

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